井藤寛子さん(ひよこママ)

  
28歳で営業所長として中国勤務を経験。中国文化に触れる中で結婚、出産。現在は帰国し、2歳の男の子の母親。
   

これまでの人生のマイルストーン

 

進学 23歳 (中国語専攻) 学校卒業
留学 22歳 (北京 へ1ヶ月短期留学)
就職 23歳
海外移住 25歳
結婚 29歳
出産・帰国 30歳
  

大学では中国語を専攻されたのですね。

 

はい。父からの助言もあり、これからはアジア、特に中国の成長が見込まれ、需要があると思ったからです。
  

大学卒業後は日本で就職されていますが、就職先に経営コンサルティングという業界を選ばれた理由はなんでしたか?

 

商品の付加価値を上げるサービスについて、追求し専門性を高めたいと思ったからです。そして、当時はBtoCの企業に対するサービスプロセス改善や、接客について関わりたいと思っていました。
  

海外で働こうと思ったきっかけはなんでしたか?

 

幼いころから、外国語を使って働きたいと思っていました。

北京への短期留学中、当時の中国におけるサービスレベルの低さに驚き、サービスによっての企業の差別化を図る大切さを実感しました。そして、中国のサービスにおけるビジネスモデルの改革に対するお手伝いができるような仕事がしたいと思うようになりました。
  

海外で働くまでの道のりについて教えてください。どのような経緯で興味関心が変化しましたか?
 

組織のマネジメントや活性化をお手伝いする某経営コンサルタント会社に入社した当時は、海外拠点はアメリカ、韓国のみでした。入社2年後、埼玉支店で営業をしていた私は、定期的に行われる会長、役員の方の食事会に参加していました。

その際に、中国支社を立ち上げていると情報を聞いていたので、中国で働きたいと直接希望を伝えました。(日本酒の久保田をいただいていて、少々気持ちよくなっており、何の躊躇もなく言っていました 笑)

そして、半年後上海駐在は現実になったのです。
  

25歳、何も怖いものなどなく、好奇心だけでした。
  

中国勤務を決めるまでも、非常に仕事に対する積極的な姿勢が伺えます。キャリアアップという点も意識されていたのでしょうか?

 

大学時代や就職活動しているときは、キャリアということは頭にまったく浮かんでなかったです。
  

中国という土地や文化の中で働く上で、やりがい、たのしかったこと、大変だったことをおしえていただけますか?

 

やりがいは、正直日本で働くよりも感じられました。担当する企業名、企業数、業績。入社して3年経たない私が、やるべきことは膨大にありましたが、逆にそれが嬉しかったです。窓口を広げるため、上海、北京、大連、深センなど、動き回っていました。週に2~3回は飛行機や新幹線に乗っていました。移動中は常にPCを開いて、企画書を作っていました。

ほとんどゼロからのスタートだったからこそ、自分のやったことがそのまま組織に反映されるので、がむしゃらだったんです。固定されたものがなく、何もかも新しく考え、創造していくことが求められ、大変でしたがこんなやりがいはないと感じていました

大変だったのは、社内の一部の中国人スタッフとのコミュニケーションでした。中国の文化、考え方が、日本とは異なることがよくわかりました。中国人の面子(メンツ)の考え方に特に苦労しました。言葉で伝えることと、本人しか持っていない心の声を理解することが、本当に苦しかったです。しかし、同じチームの中国人スタッフとは、メンツの葛藤の乗り越えた後、互いに尊敬し合い、助け合える最高の関係ができました。
  

所長という立場でのやりがいや他のスタッフとのコミュニケーションにおいて印象に残っていることがあれば教えてください。

 

これまで自分の目標数字だけを追っていたのが、営業所長になってからはメンバーと達成していくことになりました。

はじめは、メンバーに目標数字や売上に関心がなくとも、何度も一緒に企画した提案が決まった喜びを一緒に感じることでメンバーに一体感が生まれてきました。1年も経たないうちにメンバーの提案力はみるみる力がついて、仕事を決めてきてくれるまでになっていました。
  

日本にいた時との違いを感じたことはありましたか?それはどんな点ですか?

 

有言実行です。中国では、肩書きでは人がついてきません。まず自分ができていることが前提にあり、きちんと理由を説明する必要があります。そして、Give&Takeです。自分が強みとしてあるもの、それから相手が強みとしてもっているものをお互い理解し認めることです。上司部下の関係であろうと、ベースにその信頼関係がなければ一体感がうまれませんでした。中国語の数字や、中国語の礼儀、あいさつは彼らから教わりました。
  

現地の女性のライフスタイルについて仕事に対する姿勢や、生き方など感じたことがあれば教えてください。

 

現地では、女性の昇格も多く、出産して半年くらいで復帰する人も多いです。それには、おじいちゃん、おばあちゃんが孫を育てるのが風習なので、働くには恵まれた環境があります。また、残業する人はあまりおらず、何より家族が大切に思っています。 限られた時間の中でしっかり業務をこなす、女性は特にしっかりしている印象があります。日本でも当然家族は大切なのですが、残業が当たり前で定時に帰宅するのはなかなか難しいですね。
  

日本とは違う外国の文化や人々の生活に触れることで、視野や価値観の変化など大きく変わったことがあれば教えてください。

 
ずうずうしくなったかもしれません。声も大きくなりました。
  

20代で一つの目標を達成されたことで、良かったと思えることはありますか?

 

20代は体力も吸収力もいいので、この時期思いっきり力を注げるものがあり、様々な経験ができたことはとてもよかったと思います。家庭を持ち、子供を産んだことで、同じように働くのは困難ですが、今後の仕事の他にも、子供との向き合い方においても活かせると思います。
  

やりたいことを仕事にする時にはある意味覚悟が必要ですが、その勇気ある一歩を踏み出せた理由を教えてください。
 

勇気が必要だと思わなかったです(笑)基本、自分の人生は自分でアレンジするもので、自分の行動次第だと思います。
  

日々意識して実行していることがあれば教えてください。

 

どんな人生を送りたいか、どんな人間になりたいかをイメージし、それを目標に実現するための段階を考えること。そして時間を有効に活用することです。  

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今はご出産をされ子育てをされていますが、海外で働いたことで子育てに対する気持ちに変化などはありますか?

 

英語を苦労せず話せるようになってほしいです。 それから、中国では、子供への教育に、絶対に負けないように、1番でないとダメだと教えると聞いたことがあります。一概には言えないでしょうが、日本は協調性を大切にしていて、教育の考え方が極端に違います。 私は、両方大切だと思いますし、どちらも間違っているとは思いません。

それより自分の考えを持って、相手に分かりやすく伝える力をもつことが大切だと思います。
  

お子さんを育てる上で、大切にしていることがあれば教えてください。

 

自分で考え、自分で決断できる子になってほしいです。
  

20代で目標を一つ叶え、30代前後で結婚・出産という女性のターニングポイントを迎えました。女性のライフプランの一つとして非常に理想的なスタイルだと思います。子育てが落ち着けば、また新たな目標に向かって進めるわけですが、寛子さんご自身のお気持ちとしては、以前のキャリアを活かした方向をお考えですか?それとも新たな道へ挑戦してみたいですか?

 

活かしたいと思っていますが、今は夫の転勤や子育てなどとのバランスを見ながら次に向けて、何をするべきなのかをずっと考えています。
  

今後また機会があれば海外、もしくは海外の方とも関わりのあるお仕事をしてみたいという思いはありますか?

 

はい、強く思います。
  


  

かわいらしい雰囲気をお持ちの女性であり、一児のママである寛子さん。その心の中には非常に熱いものをお持ちでパワーの感じられる魅力的な女性です。

寛子さん、素敵なストーリーをありがとうございました!