現代の一般的な日本人が着物を着る機会は限られています。七五三や成人式、冠婚葬祭。セレモニーの正装としての着物ですが、その数少ないシーンでも、洋服を選ぶ人が増えているのが現状です。着物は高価で着付けも難しいうえ決まりごとや揃える小物なども多く、敬遠されてしまうのです。
 

しかし一方で若い世代を中心に、新たな着物愛好家も増えています。そして、興味がない人にとっては高いハードルでしかなかった決まりごとの多さが、ここでは裏返って着物の魅力を深める要素となっています。
 

着物の決まりごとの多くは、日本の四季に関わるもの。たとえば、その時期にどんな生地のどんな仕立ての着物を着るのかは、暦によって決められています。4月から5月は袷。6月は軽やかに単衣に衣更えし、7・8月の盛夏は絽に加えて目にも涼しい紗など。そして9月には単衣に戻り、10月には袷に衣更え、というふうに。
 

さらに、着物の柄についても季節を巡る決まりごとがあります。生地や仕立ては合理的なガイドラインという側面もありますが、こちらは決まりごとというより、むしろ「当然持っていることを期待される美意識」。たとえば桜の柄メインの着物を着るのは初春から桜が咲くまでの短い間に限られ、実際に桜が咲いている時期は着るべきではないとされています。桜の着物はあくまで桜を待ちわびる気持ちを表すもの。桜の季節に見るべきは描かれた桜ではなく、いまこの時に咲き、散ってゆく桜のいのちだからです。
 
 

人々が着物に魅力を感じるのは、このように決まり事の理由にふれる度に、古の人々がいかに自然を、四季を深く愛したかを知り、
 
自分の内にも同じ精神があることに気づくからではないでしょうか。
  

着るものの形によって、精神は大きく影響を受けます。古の人々のまとった着物を着て初めて、その形に宿る眼差しで日本の四季をとらえ直し、感応することができる。その経験の新鮮さこそが、人々を着物の世界に招き入れる力になっているのです。
 
 
 

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